先進的に教育施策を推進されておられる自治体を訪問し、現状の取組や教育にかける思い等についてお話を伺い全国の皆様にお届けしております。今回は、戸田市教育委員会の戸ヶ﨑教育長を訪ねてまいりました。戸ヶ﨑教育長は中央教育審議会委員を務めておられるなど、そのお名前を全国に広く知られる方です。これまでの戸田市の取組を具体的なエピソードを交え伺うことができましたのでお伝えさせていただきます。
■取材日
2025年7月30日(水)
■対談者
戸田市教育委員会 教育長 戸ヶ﨑 勤 様
■訪問者
GIGAスクール構想推進員会 学校支援部会交流会サブ部会長 富士通Japan株式会社 應田 博司
應田: 現在の第4次戸田市教育振興計画が今年度で計画期間が終了と伺っております。そこで、教育振興計画に示されている内容を軸に、成果と課題等についていろいろとお伺いできればと思います。
1.目指す教育の実現に向けた教員の意識改革
應田:子どもたちが可能性に挑戦し続ける力を育むための学びの実現に向けては、授業スタイルあるいは授業観そのものを変革していく必要があると認識しており、そのあたり先生方の意識改革をどのように進めてこられましたか。
戸ヶ﨑教育長:まずは、ICTを教育に効果的に活用していくために、2016年から一人1アカウントによる活用を進めてきました。当時は3クラスに1クラス分の端末整備の時代でありましたが、将来的な一人1台端末を視野に入れてスタートしました。それを推進するにあたり、「Just do it」「百聞百見は一験にしかず」というキーワードで、まずはやってみよう!経験してみよう!ということを各学校の管理職や教職員に呼び掛けていきました。とはいえ、すぐに活用が広がらないことも想定内としたため、機器になれている若手からというのではなく、まずは、授業の上手なベテラン教師に積極的に使ってもらうというやり方で進めました。ベテランの教師が授業の中に効果的に使うために試行錯誤し、そのプロセスや効果等を若手に伝承していくというやり方です。手段の目的化に陥ることなく、何のために使うのかを常に意識し、学びの質の向上に向けて、Technology Fastではなく、Pedagogy First、Community Secondを肝ととらえて推進しました。学習科学を大切にし、PC端末は学びの質を向上するために使うということを一番の目的にした際、ベテラン教師の指導技術や経験を活かし、若手教師にも浸透させていくほうが効果的と考え推進してきました。2020年のGIGAスクール構想が始まる頃には、すでに多くの教師にICT活用のよさが浸透していました。振り返ってみると、このGIGAスクール構想までの4年間が本当に大変でした。学びを変革することとICTを活用していくということをセットで模索しながら推進していきました。他の自治体でやっていないのになぜ戸田市の学校だけが?など多数の不満も噴出しました。アナログのよさは?デジタルで変えられないものは?そういったことも含め、一人一人に寄り添いながら対話を重ねていきました。様々な対話を軸に4年間寄り添ってきたことこそが現在の宝になっています。GIGAスクール構想が開始された頃は、すべての学校から一人1台端末整備を一刻も早く整備してほしいとの声があがっていました。したがって、何の抵抗もなく当たり前のようにICT活用が全校で浸透していくことができました。繰り返しになりますが、現在でも多くの自治体で課題になっている「活用格差」の解消に関しては、本音の対話ベースで寄り添ってきたことが大きいですね。

應田:数多くの教育委員会と意見交流を行う会を企画運営しており、多くの教育委員会の指導主事の方がおっしゃっているのは、さきほどの寄り添い型が重要だということです。学校と同じ目線で共に考えていく、対話していくことに共通点を感じました。対話を通じて、先生方の本音を引き出していく、そこがとても大切であるとお話を伺っていて感じました。
戸ヶ﨑教育長:そう。やはり本音を引き出す対話を続けてきたことで、自分たちの声を聞いてくれるという安心感があったのだろうと思います。当然のことながら、アナログというか紙ベースのほうがよいといったこだわりもあります。だからこそ、それぞれのよさも並行して検証しつつ、ときには「究極のチョーク&トーク」というか、一斉ICTは使わない授業を意図的にやってみるなどの試みをしました。結局根幹にあるのは、子どもたちにどんな力を育成させたいのか、そこに汗をかいていく。やはりそこは時代が変わっても新たな技術が入ってきても変わらないものがあります。ICT活用を目的化するのでなく、巧みに使いつつもそれによって学びの深さはどうなのか。これまで私が繰り返し言っていることとして、「共同注意」と「深さ思考」という言葉があります。授業の中に、学びの目指す方向性や意図を「共同注視」から一歩進めて「共同注意」の視点で入れ込んでいく。ICTを活用しながら個々がバラバラに学習している方向をいったん寄せて一点に注意を向けさせる。そういうことを意図的に入れながら、深く掘り下げて思考する学習展開をしていく、そうした活動も取り入れつつ「深さ志向」の授業づくりに取り組んでもらっています。
2.学校管理職の組織マネジメント
應田:子どもたちの育成にあたっては、学校管理職のリーダーシップのもと組織力向上が全国的にも求められています。個々の教員の個性を活かしつつ、組織のビジョンに向けて主体的かつ協働的に教育活動を推進していくための学校組織マネジメントに関してお聞かせください。
戸ヶ﨑教育長:校長がリーダーシップを発揮する上で最も重要なことは共感性であり、いわゆる組織の三要素である「共通の目的の共有」、「協働意欲」、「十分なコミュニケーション」を満たす必要があると考えます。これらを日々確認しつつ、自分の中でどういうところができていないのかといった問題意識をもつ。そのために次の5つを大切にしてほしいということを常々申し上げております。
・感じるべきことを感じる感性
・責任を果たそうとする真剣な心構え
・自分をごまかさないシビアな自意識
・正々堂々として逃げない態度
・常に自分を高めようとする積極的に意欲
子どもたちに希望を抱け!夢を求めるように!と語っているにも関わらず自分はどうなのか。自分たちの目標、学校をよりよくしたいという願いを本音で語れているか。画家のミレーの言葉を借りれば「他人を感動させようとするなら、まず自分が感動しろ」と。これに尽きるのではないかと思います。これこそマネジメントの基本であると考えます。
リーダーシップ論でいえば、ポジション的なリーダーではなく、本当にその力を発揮している人こそがリーダーであると考えます。そのうえで大切なキーワードとしては1点目はシェアド・リーダーシップという考え方で、メンバーがそれぞれに応じてリーダーシップを発揮しチームの成果を上げるという考え方、もう1点はサーバント・リーダーシップで、部下が意見を述べやすい雰囲気を作り、部下を信頼し、仕事を任せ、集団の中で討議を重ねていく、それを促進するのもリーダーの大切な役割であるということです。こういった話を学校長にはよく話をしています。
應田:民間企業もどんどん変わってきていて私の会社の場合、持続可能な社会の実現や社会課題の解決に向かって一人一人が何ができるのか自律的に考え行動できる人材が求められるようになっています。そういったいわゆる自律型人材の育成にあたっては、キャリアオーナーシップの考え方のもと、多様な背景をもつ人材が流動的にかつ自律的に活動していくことを進めています。その原動力の一つが、個々のもつPurposeであり、そこと人事評価が密接につながっていたりします。こうした人的資本による企業変革という意味で共通する点が多いとお話を伺っていて感じました。
戸ヶ﨑教育長:教師も、求められていることにだけ取り組んでいくだけの時代ではないんです。まさに未来社会というのは、子どもたちが切り拓いていくのだから、未来を切り拓いていく力を子どもたちにつけていくということが最優先です。だからこそ、教師はこれから子どもたちが出ていく社会を知ろうとしないのは不誠実であるといったことや、学校という学びの場を子どもたちが未来を感じられる空間にしていこうということや、さらに、リスクを恐れず夢のある挑戦をしていこうといった話を、学校管理職や教育委員会事務局職員にはよく話をしています。
3.個別最適な学びの実現に向けたEBPMの推進
應田:戸田市教育政策シンクタンクを中心としたEBPMの推進に関わって、蓄積されたデータの分析を外部との共同研究によって進めてこられています。その分析結果を学校現場に還元し、現場での取組に活用されておられると思いますが、そのあたりの効果についてお聞かせください。

戸ヶ﨑教育長:私が着任以来掲げてきた4つのコンセプトがあります。
・AIでの代替が難しい力などの育成
・産官学と連携した知のリソースの活用
・「経験と勘と気合い(3K)」から「客観的な根拠」への船出
・授業や生徒指導等を科学する
この4本柱でずっとやってきて、特に「教育を科学する」ということにはこだわってきました。その科学する対象として、授業、生徒指導、学級経営に絞り取り組んできました。3つの対象の中では、生徒指導を科学するというのが学校現場の受けがよかったです。授業を科学するという部分は、センシング技術を活用したりスタディログを収集したりと、いろいろな取組をやってきましたが、学校現場の受けはあまりよくないのです。一方で、生徒指導を科学するというのは、教師の気づきだけでは限界がある中、データが気づきをサポートしてくれるのはありがたい、と前向きに捉えてくれたようです。データの利活用に関しては、警察や医療など他分野ではエビデンスに基づく検証が進んでいるのに教育だけはなぜ進まないのかという問題意識と、教育を属人的なものでなくサスティナブルにしていきたいという思いがあり、そのためには教育データの利活用が必要であると考えました。
合わせて、現場は効率的で正しい努力をしようと一生懸命やっているけれども、それが正しい努力になっていない可能性があるのでは、そこには確かな根拠はないのではと。また、職員室の「共通言語」としてのデータの必要性も強く感じ、データに基づいた生徒指導のケース会議などの環境を作っていこうと様々なチャレンジをしてきました。
具体例を紹介すると、授業の中で効果をあげている教師の指導技術等を可視化する取り組みを行いました。戸田市独自で平成16年度から取り組んでいる「授業がわかる調査」や各種学力調査などを基に、授業で効果をあげている教師の共通した指導技術等を洗い出し、アクティブ・ラーニング指導用ルーブリックを作成しました。
また、デジタル庁とこども家庭庁の実証事業を受けて、誰一人取り残されない、子どもたち一人一人に応じた支援の実現を目指した取り組みを進めました。小学校1年生から中学校3年生までの多種多様なデータを個に紐づける形で一元的に収集し、ダッシュボードとして可視化し活用できるように環境を整えました。このダッシュボードに学習の記録だけではなく、健康診断の記録をはじめとする多様なデータを入れることで、生徒指導のケース会議等に活用しています。まさに各学校の共通言語ができつつあり、これが非常に大きく、戸田市の教育にとっての財産となりました。
應田:データの収集に関わって、教育委員会各課はもちろん首長部局の関係課も含めて保有データを提供していただくためにハードルがあったのではと推察しておりますがそのあたりはいかがでしょうか。
戸ヶ﨑教育長:ハードルはたくさんありましたね。特に個人情報保護の壁です。もともと教育委員会内でも課が異なると個人情報のやりとりは難しかったんです。そのハードルを適切に乗り越えるために数多くの有識者の協力を得てガイドラインを作成しました。ガイドライン作成には非常に苦労しましたが、今後全国で子どもを起点にした取り組みを推進していくためには必要だと思います。
4.戸田型オルタナティブ・プランの推進
應田:戸田型オルタナティブ・プランとして、多種多様な民間事業者や専門機関と連携しながら非常に充実した施策を推進されておられると認識しております。一人一人のニーズに応じた支援の充実に向けてお考えをお聞かせください。
戸ヶ﨑教育長:極論すると、これまでの学校は、やらなければいけない「義務」と、やってはいけないという「禁止」しかないのではないか、これをやりなさい、これはやっちゃダメ、その両方しかないのではと感じていました。そうではなく、子どもたちがやりたいことがたくさんあって、安心できるような学びの場に学校を変えていかなければならないのではないか。そんな思いが、オルタナティブ・プランの肝にあります。
そのためには、まずは不登校に関わる課題が多かったので不登校を、「支援する」、「科学する」、「理解する」という3つの軸で進めました。この取組は、ちなみに文部科学省の「COCOLOプラン」の元になっているんですよ。
数年前までは、本市でも不登校の子どもたちが学ぶところは、市の教育支援センターくらいしかなかったのですが、多様な学びの場が必要であると考え、まずは、市内すべての小学校に「ぱれっとルーム」を作りました。教育支援センターも新たにもう一つ増やしました。市内にある県立高校内にも教室を作ってもらいました。さらに、メタバース空間に新たな学びの場も作りました。そして最近では、市内すべての中学校に、学習支援の要素を含んだ「きゃんばすルーム」というものを作りました。こうした多様な学びの場の選択肢を用意し運営することで、子どもたちが安心して学べる環境を推進してきました。
5.生涯学習の中の学校教育
應田:少し話題を変えます。学校教育に関わる部分だけでなく、生涯学習の観点での多様な取り組みが市としての魅力向上にもつながると考えております。そのあたり、広く教育を捉えたときの戸田市としての魅力をどのように捉えておられますか。
戸ヶ﨑教育長:戸田市教育委員会では生涯学習にも力を入れています。教育というと、得てして学校教育がメインと捉えられがちですが、今後は生涯学習にさらに力を入れていく必要があります。市民大学講座では、多くの大学等と連携して、対面とオンラインを組み合わせて多様で最先端の学びを提供したり、子ども大学においても、普段学校では体験できないような本物の学びを提供しています。人生100年時代において、いかにして学びをアップデートし続けるか、そこをしっかりとサポートしていかなければなりません。学校教育は長い人生においてほんの一部でしかありません。その後の長い人生を豊かに送るためには、学びをアップデートし続けなければなりません。そのための学びをいかに提供できるか、そういうところにも力を入れています。
應田:生涯学習の中の学校教育という位置づけに関わって、例えば子どもたちへの読書啓蒙の観点で考えた際、学校教育だけで捉えるのではなく、公共図書館と学校図書館の連携はもちろん、保護者も地域の方々も子どもたちも、図書に探究的に触れる環境をデジタル技術で提供していく取組なども全国で少しずつ広がっています。こうした取組を通じて、街全体が学びを促進していくことにもつながるのではと感じています。
戸ヶ﨑教育長:探究的にという部分が面白いですね。まさに大人も含めたPBL(Project-Based Learning)ですね。生涯学習には大人のPBLも必要だと思っています。
6.今後の展望について
應田:多様な観点で具体的にお話いただきありがとうございました。最後に、今後の展望についてお聞かせください。
戸ヶ﨑教育長:次期教育振興計画の準備を今進めていますが、次はアウトリーチ型で考えようということで今アイデアを募集しています。これまでは動画等を活用し一方向に教育振興計画をPRしてきました。これからは、子どもたちも巻き込みながら進めていこうと考えています。
まずは子どもたちの意見をしっかり聞いていき反映させていく、そして子どもの意見表明の機会にしていきたいと考えています。単なるアンケート収集というレベルではなく、子どもたちとともに教育振興計画を作り上げ、広めていこうと考えています。
應田:まさに子どもを中心にした計画づくりとその後の実現に向けたお考えを伺えたと感じております。
あっという間のお時間となってしまいました。これまでの戸田市の取組とそこにかける思い、そしてこれからの展望に至るまで多岐に渡ってお話を伺うことができました。重ね重ね御礼申し上げます。今後の戸田市の教育の益々のご発展を祈念しております。本日は貴重な機会をいただきありがとうございました。