先進的に教育施策を推進されておられる自治体を訪問し、現状の取組や教育にかける思い等についてお話を伺い全国の皆様にお届けしております。今回は、つくば市教育委員会 森田教育長を訪ねてまいりました。つくば市教育大綱に掲げておられる理念の実現に向けて教育長としての思いを伺うことができましたのでお伝えさせていただきます。
■取材日
2025年7月2日(水)
■対談者
つくば市教育委員会 教育長 森田 充 様
■訪問者
学校支援部会交流会サブ部会長 富士通Japan株式会社 應田 博司
1.目指す教育の姿の実現に向けて
應田:全国でも個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を通して、子どもたちの自己実現を目指した教育が推進されていると認識しております。あらためて、つくば市教育大綱を拝見し、3つの目指す考え方の転換
①「教え」から「学び」へ ②「管理」から「自己決定」へ ③「認知能力偏重」から「非認知能力の再認識」へ
に関わって、子どもたちの成長・自己実現に向けてやはり先生方の教育観の変革は重要だと感じております。このあたり、全国の多くの自治体の課題でもあるわけですが、つくば市の実態としてはいかがでしょうか。

https://www.city.tsukuba.lg.jp/material/files/group/7/R7_kyouikutaikou.pdf
森田教育長:つくば市教育大綱は5年前からスタートし改訂の検討はしましたが、やはりこれでいこうということで今も中身を変えていません。5年やってみて、先生方も意識を変えていかなくてはいけないとかなり浸透してきているように感じています。先生方に向けた講演でも必ずお伝えするようにはしてきました。昨年度に全教員にアンケートを実施した際、教えから学びへという、いわゆるコーチングができている、そういった授業ができていると感じているのは全体の1/4くらいですね。一方1/4くらいはまだできていない、なかなかできないと回答。残りの半数は今まさに試行錯誤しながらチャレンジ中といった状況です。

應田:1/4は自分自身で実感している。そして、半数が試行錯誤しながらチャレンジしているという状態はすごいことだと感じました。要は、多くの先生方が着実に教育観の変革と実践に向けてアクションしている状況ということですね。
森田教育長:学校長をはじめとする学校管理職の意識もしっかりと同じ方向性になってくれており、各校の校内研修も子どもたちが自ら学んでいける授業を作っていこうと進めています。研修に対する指導主事の関わり方についても、指導主事が指導的に教えていくのではなく伴走型で関わるようにしており、指導主事は学校に出向き複数の先生方と一緒になって授業づくりを行うことを通して、新たな気づきを拡げていくといった取組を進めています。結局、先生方も言葉としてのイメージはあるけれども、実感が伴っていないという状態がはじめのころあって、だからこそ伴走型がすごく重要だと感じています。
應田:ICT CONNECT21 GIGAスクール構想推進委員会 学校支援部会 交流会サブ部会で教育委員会交流会というものを企画運営しており、その中でも多くの自治体の指導主事が伴走型のチャレンジをされておられるとのことでした。学校の先生方と同じ目線で共に考えるようにしないといけないとおっしゃっていたことを思い出しました。
森田教育長:そのあたりはとても実感します。やはり授業を見てからの指導助言だと次への活かし方が難しい部分も否めない。その点、伴走型だといっしょに授業を作り上げてきて、いっしょに振り返るからこそ、先生方との距離感が近づくことはもちろん、前向きに取り組んでいただけるようになります。受け身でないというか、授業を一緒に考えて議論する楽しさを多くの先生方が話してくれています。
應田:子どもたちが自ら学んでいくための一つとして、単元内自由進度学習に取り組まれていることを公開サイトにて拝見しました。このあたりに関わってもお話を聞かせてください。
森田教育長:子どもたちに本当に委ねるそのためにどのような学習環境が必要か、どういった発問が必要か、どういった支援が必要か、そういったことを事前にアイデア創出も含めてしっかりと練り合う取り組みを進めています。単元や領域に合ったルーブリックを含めた授業準備を複数の教職員や指導主事と共同立案しながら練り上げているため、自由進度にしたときにも子どもたちが学びの中で身につけたい資質能力の育成に向かっていけるというか、そこがぶれない自由進度学習になってきていると感じています。子どもたちがちゃんと目標をもって自分を振り返りながら学んでいくところがとても大切であるため、ある意味自己調整の学習であると考えています。
2. ICTの活用について
應田:全国でも取組が広がりつつありますね。考え方としては以前からありましたが、なかなか実践が広がるには課題が多かった認識です。個別に自分に合った学習方法で学習を進める中、個々の子どもたちの学習状況を把握しつつ適切な指導支援を行っていくことの難しさです。今、GIGAスクール構想によって一定の環境が整った中、うまくICTを活用しながら学習状況や変容の把握がしやすくなったことが大きいのではと考えますが、ICTの活用という観点で先生方の状況はいかがでしょうか。

森田教育長:単元内自由進度学習を実践していくにあたって、どのような時に子どもたちの見取りを何でするといいのか、たくさんあるデータのどの視点に向けて支援すればよいのかといったことを先生方とともに指導主事も伴走型で話し合いながら進めています。ICTの活用は自然と進んでいます。データを共有したり可視化したりしながら利活用することは、多様な児童生徒一人ひとりに適切な支援を行うためには、必須であると考えています。
應田:つくば市において、その感覚が普通のことになっているのだろうと感じました。全国においても、ICTを活用しないといけない、活用率を上げるためにはといったことから、やりたいことのためにどんどん活用しましょうと転換していければと思います。
森田教育長:先生が子どもたちに課題を出して、じゃあ端末を開いてこんなことやりましょうというようなICTの使い方は子どもたちの学びという観点で本来の姿ではないと思います。ICTでいろいろなことができると子どもたちがある程度分かった上で、コミュニケーションや記録、表現などにおいて自分の学びに適した時に活用していくようにならないといけない。
應田:技術はものすごいスピードで進化してきており、我々民間事業者でも試行錯誤しながら様々なツールを業務で活用しています。その一つが生成AIの活用です。そのあたり、つくば市の学校では生成AIの活用についてはいかがでしょうか。
森田教育長:つくば市では文部科学省からガイドラインが出る以前から議論していました。これからの時代AIはどんどん広がっていくことを踏まえ、やはり子どもたちが正しく理解して正しく使えるように導いていかないと、世の中に広がったときに自分で判断できなくなるのではと話し合っていた頃、ガイドラインが出され同じような方向性であったため、学校ICT教育推進委員を中心として、共に授業の進め方を考え、まずはその内容をみんなでやろうと進めていきました。その後は、生成AIの活用方法についてさまざまなアイデアが出てきている状況です。特にリーディングDXの学校では先進的にいろいろな活用方法を試している状況です。
3.教員の働き方改革に向けて
應田:ありがとうございます。これまでのお話を伺っていると、つくば市の先生方が羨ましいなと感じました。先生方が試行錯誤しながらどんどんチャレンジしていくためには、働き方改革の側面も大きく関わってくると思います。そのあたりどのようにお考えでしょうか。
森田教育長:条件整備をまずはしっかり進めました。つくば市独自で学校サポーター、教員業務支援員を全校2名以上配置しています。それから学校管理員や部活動の地域移行、スクールロイヤーの配置など、できる体制づくりはどんどん進めていきました。その上で各校でできることを検討していただくようにしました。最も進んだのは行事の精選や教育課程の工夫です。学校によっては40分授業を実施し、空いた時間を子どもたちの基礎基本の学びにしたり探究の学びにしたりしています。つまり、学校で課題になることをしっかり考えながら各校が工夫して進めている形です。学校の規模によってもその特性を活かした取組を進めており、例えば小規模特認校では午後を探究の時間にあて学年を超えて先生方で受け持つようなことも行っていく予定です。
應田:私も小学校教員時代いろいろな学校で勤務していたのですが、最も小さい規模で全校17名でした。私は5・6年担任で児童数5名でした。そうなるとやはり学年の枠を超えて、学校全体で、いや保護者や地域の方々も巻き込んで教育活動を行うことが多々ありましたね。
森田教育長:つくば市でも、地域の方々の力も借りて多様な学びを実現していきたいと考えています。
4. 地域や保護者の関わりについて
應田:地域や保護者の関わりについてお話を伺おうと思います。まずは、保護者の意識について感じておられることはございますか。
森田教育長:つくば市は、教育への関心が高く、協力的な保護者が多くいらっしゃいます。つくば市は、中学校区ごとに学園制というものを作って、中学校区全体で運用しています。その中学校区のグランドデザインをしっかりと作り、保護者に説明しています。中には子どもたちと一緒にグランドデザインを作っている学校もあります。私もこんな学校で子どものときに学びたかった」といったお声があったと聞いて私も嬉しく感じています。やはり子どものワクワク感が学校のワクワク感になり、そういうことが保護者の皆様にも感じてもらえる、そういった学校にしたいなと思っています。
應田:保護者の期待が高い分、学校の様々な取組をいろんな形でオープンにされておられるのではと感じました。
森田教育長:学校の取組をというか、保護者の方々との取組をオープンにして保護者の方々の更なる関わりを増やしていくことはあります。つくば市では、子どもたちの学びにいろんな面で保護者の方々にサポートしてもらうということを進めており、例えば研究者に話を聞いてみようというと、誰かの保護者だったりするんですよね。保護者の方も協力的で、子どもたちの学びが深まるのならお手伝いしますよと言ってくださる方はたくさんおられます。子どもたちも専門家から学べてプラスになるし、保護者も学校の様子がよく知れてますます協力していただけるといった好循環を実感しています。
應田:様々な人材がつくば市におられることは大きな強みですね。地域人材データバンクといったものはございますか。
森田教育長:教育委員会の方で紹介したりマッチングというか、子どもたちが環境のこういうことを学んでいるというと、 その研究者を紹介したりというような制度は今進めているところではあります。
應田:人材活用のみならず、地域の事業者や教育資産などを含めた情報を一元的にポータルサイトのようなもので可視化し教育活動に活用するといった取組も他府県で行われていると伺っています。
森田教育長:それと同じようなイメージで地域人材をうまく活用できればいいですね。
5.今後の展望について
應田:本日は、つくば市教育大綱の最上位目標として掲げておられる「一人ひとりが幸せな人生を送ること」。その目標を達成するための3つの目指す考え方の転換を軸にいろいろとお話を伺いました。最後に今後の展望等についてお聞かせください。
森田教育長:まず、さきほど話題になった地域連携の観点では全ての中学校区でコミュニティスクールが始まったところです。そうした中、例えば防災キャンプを一緒に進めている学校もあります。こうしたことは、実はつくば市の課題の一つでもありました新しい街で人のつながりを創出していくという点に関わって、コミュニティスクールによって地域のつながりを強くしていこうという雰囲気が出てきたことは、地域づくりの観点からも一つの良い方法だと感じています。
教育大綱に掲げる目標の実現に向けては、これまでの5年間はチャレンジしながら、みんな同じ方向に向かうようなベクトルを作ってきました。今後は、それが実践できるようにできるだけ振っていきたいというと考えています。これは子どもたちだけでなく全ての人間が、教育大綱の実現に向かって実践できていくような、そんなことをこれからやっていきたいなというふうに思っています。
そのためにも、さっきの自己決定とか自己調整とか、そういうものをとにかく大事にできる、それが基本だと考えているので、その方向に向かった実践の共有とか、情報の発信とか、そういうものをしっかりやっていきたいなと思っています。指導主事も伴走型になったので、走り続ける姿勢を助けられる、そういう教育委員会でありたいなと思いますし。子どもが学びたいことが学べるという、そういう楽しさを先生方にもしっかり味わわせたいですよね。
應田:きっと先生方も楽しいだろうなと思いますね。何か先生方同士のつながりを生むコミュニティみたいのようなものはありますか。
森田教育長:先生同士も今クラウド上でつながっていて、投稿しあったりとか、質問しあったりとか、自分で発信したらそこに対して意見もらえたり、フィードバックもらえたり、またそこで高め合うことができていると聞いています。生成AIも含め、どんどん新しいアプリケーションが出てきている中、コミュニティの中で先生方同士で情報交換し合いながら活用方法を模索いただいているような状況です。
應田:ある程度セキュリティが担保された環境の中、先生方が気軽に情報共有し合えるんですね。
森田教育長:年配の先生方はICT活用にハードルがあるのではといった話を耳にしますが、つくば市では先生方同士での対話が多く生まれているため、若手の先生がベテランの先生にアドバイスしたり、ベテランの先生が「そういう使い方出来るのだったら、こんなこともできるのでは?」とアイデアを出したりと活性化が見られます。
應田:子どもの見取りの観点などもですよね。
森田教育長:そうなんです。
應田:ベテランの先生方が、よし!やろう!ってなったときのパワーは素晴らしいものがあると感じます。あっという間にお時間となりました。今回は貴重なお話をたくさん伺うことができ重ね重ね感謝申し上げます。今後のつくば市様の教育の発展を祈念しております。本日はありがとうございました。
